「自分ってこんなに出来ないんだ!」って。自分の弱さが見えたので、これを直せば根本的にスケートが変わって、もっと納得いく演技が出来るんだ、新たなステージに上がれるんだ、って思ったんです。
どんな質問であっても答えは「愛」です。
人生は賢者にとっては夢であり、愚か者にとってはゲームである。金持ちにとっては喜劇であり、貧乏人にとっては悲劇である。
価値という言葉は二通りの異なった意味をもっている。ある時は特定のものの実用性を表現し、またある時はそのものの所有権が譲渡されることによって生ずる購買力を示す。第一のそれは「使用価値」第二のそれは「交換価値」と表現してもよいだろう。最大の使用価値を持つものでも、ほとんど交換価値を持たないことも多く、反対に最高の交換価値を持つものでもほとんど使用価値のないものもある。
たださ・・・オレあのヒトたちにすげー親切にしてもらったんだ・・・・・<br>もしもオレががんばれば、あのヒトたち助かるんなら・・・<br>はは・・・別にいいかな!なんてよ・・・
私は二度人生で大きな転機を迎えました。一回目は父の経営していた会社を辞めて、父から受け継いだ財産をすべて返上したとき。二回目はクロックスの日本法人社長を辞めて独立したときです。妻に退職を相談したら、「自分の好きなようにしたら」と言って背中を押してくれた。いずれのときもしばらくは貯蓄を切り崩すことになりましたが、それについても何も文句は言われなかった。妻には本当に感謝しています。
問題解決を図るよりも、新しい機会に着目して創造せよ。
学者は、それゆえという言葉をしきりに使うが、なにゆえ、それゆえなのか俗人には分からない。なにか、偉そうな言葉で誤魔化されているようだ。
まだやっていないことでは、名声は築けない。
批判するな。自分自身を批判する前に。批判するな。批判する覚悟がないのなら。
愛とは僕らが出来ることを知ることなんだ。
人間はやり通す力があるかないかによってのみ、称賛または非難に値する。
恋愛は発狂ではないが、両者には共通点が多い。
親思う心にまさる親心。
総じて人は己に勝つをもって成り、自ら愛するをもって敗るるぞ。よく古今の人物を見よ。事業を創起するする人、大抵十に七・八まではよく成し得れども、残りふたつを終るまで成し得る人の希なるは、始めはよく己を慎み、事をも敬するゆえ功も立ち名も顕るるなり。
忍耐は苦い。しかし、その実は甘い。
孤独な人ほど愛情が苦手。自分を守ろうとしないで、包み込むような愛情に身をまかせてみては。
高位にある人間は、三重に奴隷である。すなわち、君主または国家の奴隷であり、名声の奴隷であり、仕事の奴隷である。
学べばすなわち 固ならず
性格は変わらない。見解は変えることができるが、性格はただ発達させるのみである。
今日責任から逃れることによって、明日の責任から逃れることはできない。
人間の価値は、絶望的な敗北に直面して、いかにふるまうかにかかっている。
愛のないところには、良識もまた育たない。
思考は行動の種子である。
苦労が人間を気高くするというのは、事実に反する。幸福が、時にはそうすることはあるが、苦労は大抵、人間をけちに意地悪くするものなのだ。
旅の最大の悦びは、おそらく事物の変遷に対する驚嘆の念であろう。
決心することが、社長と大将の仕事である。
Give every man thy ear, but few thy voice; Take each man’s censure, but reserve thy judgement.
何を捨てるかで誇りが問われ、何を守るかで愛情が問われる。
何事も初めは難しい、ということわざは、ある意味では真理かもしれないが、より一般的には、何事も初めは容易だ。最後の段階に登ることこそ一番難しく、これに登り得る人間は稀だ、といえる。