「全員集合」のころから、僕はゲストの歌手とコントでからむことが多かった。ゲストでコントが好きな人を選ぶ方法のひとつは、新人のアイドルが出演すると、その子の前でまず屁をしてみる。それで腹を抱えて笑うような子はだいたいオッケー。「えーっ」て嫌な顔する子はダメ。よく笑うってことは、お笑いが大好きだってことのあかしだ。
お笑いには「三つオチ」といって、1、2、3でおとすという定石がある。コントでもなぜか3人目を笑わせなきゃいけない。
君たちは名前を持っています。これはお父さんとお母さんが未来に託した希望です。世界で一番短い美しい歌です。
ぼちぼちしてらんねぇ。生きることに全力投球だ。
おめーらバスケかぶれの常識は オレには通用しねえ!! シロートだからよ!!
自分のペースをいつも完璧に維持できるわけではありません。でも、どんな状況にあっても、その時点のベストで戦わなければいけない。
壊れた時計は直せなくても俺たちの関係は直せるぜ!
自分のしていることに楽しみを見出すことが出来なければ、めったに成功することはない。
もし自分の心をとらえて離さない考えがあれば、やかましい世間の合唱には耳を貸すな。「内なる声」が告げることにだけ、耳を傾けることだ。
運命が決まるのは、あなたが決断する瞬間なのだ。
困難は精神を鍛え、労働は身体を鍛える。
人には「活躍の場」を与えよう。それが、懐の深さというもので、人の隠れた能力を引き出すということでもある。人の上に立つ人の、もっとも大切な仕事なのではないだろうか。
信長公は勇将であるが良将ではない。剛を持って柔に勝つことを知ってはおられたが、柔が剛を制することをご存じなかった。ひとたび敵対した者に対しては、怒りがいつまでも解けず、ことごとく根を断ち葉を枯らそうとされた。だから降伏する者をも誅殺した。これは人物器量が狭いためである。人には敬遠され、衆から愛されることはない。
三度ものをいって三度言葉の変わる人間は、嘘をつく人間である。
嫌いなことをムリしてやったって仕方がないだろう。私は不得手なことは一切やらず、得意なことだけをやるようにしている。
でも時に、現実を受け入れることに慣れすぎてしまうと止まってしまう。それは怖いことでもある。
金も入った、名誉も手にした。だけど、寂しさは残った。おかしいじゃないか、オレは思った。そう思ってふと見ると、幸せのレールは隣にあった。オレはそのレールに乗っていなかった。それから矢沢の幸せ探しが始まった。
事業をしている人、その心に信念があるか。
お前の頭の中に、何が描かれているか当ててみようか?それはお前が失敗して、しょんぼりしている哀れな姿だろう。そんな絵は消してしまいな!おまえが、堂々と相手を説得して「大成功」というシーンを描くのだよ、そうすれば仕事もきっとうまくいく。
歴史は人生の師である。
神より賦与されたる人生は短きも、楽しく送りし人生の記憶は永遠なり。
時間は、物事を砕く。すべては時間の力のもとに成長し、時間の経過とともに忘れ去られる。
井戸が干上がってはじめて、人は水の価値を理解する。
私が義務感と信念に基づいて行動している限り、いくら悪口を言われようと何ともない。害になるよりはむしろ益になるくらいだ。
真に生命を愛する者こそ、真の勇者である。
ことに望んで感激すれば、おのずからやる気が出て奮い立つのだ。
この世は変化するものだと思っていれば、どんな事態に直面しても度胸が据わります。孤独の問題も同じです。お釈迦様は人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいくとおっしゃいました。最初から人間は孤独だと思っていれば、たとえひとちぼっちになったとしても、うろたえることはありません。
私は死の直前まで、運命に素直に従いたい。
Present fears. Are less than horrible imaginings.
いつかは目標に通じる歩みを一歩一歩と運んでいくのでは足りない。その一歩一歩が目標なのだし、一歩そのものが価値あるものでなければならないよ。