僕はコントを考える時、自分が見たり聞いたりしたものから発想する。
オリンピックで絶対勝つという気持ちをずっと持っていたからこそ、オリンピック直前にケガをしてしまったり、調子が悪くなって、最終的にボロボロになってしまったかもしれないなという気持ちを込めて、「ケガをしなければなかったかもしれない」という言葉に乗せました。
喜びは、同志と共有出来た時に何倍も嬉しい。
一度しかないこの人生で自分の夢を追いかけないでいつ追いかけるのだろう。
何より強いのは真実だ。純粋な真心は、いずれ必ず通じる。たとえ時間がかかるとも。
バァカ おれは一生 神には祈らねェ!!!
せめて…せめてあと一撃!
過去の過ちを悔い改めた人は、すでに生まれ変わっているのです。いつまでも責めることは、無実の人を責めることと一緒です。
あなたは一番好きな仕事をやっているだろうか?もしやってなければ、今すぐ手を打つことだ!自分の仕事が好きでなければ、本当の成功は望めない。多くの成功者は何度も他の仕事で失敗を重ねて、やっと自分のやりたい仕事を見出している。
誰だって、いつもと違うことをやらなければならない状況に置かれたら、特別な考え方をしなきゃならない。もっと想像力を働かせ、創造的にも革新的にもなって、冒険をしなきゃならない。
物事を成し遂げさせるのは希望と自信です。
私は神の特別な光のなかで生き、そして愛す。
何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう。
祈りは宗教を行動に表したものだ。つまり、祈りこそ真の宗教である。
人間の本性の最も根源的な特長は、自分を評価して欲しいという欲求である。
成功とは、品性と知性の証拠であり、また、神聖な保護を受けた証拠である。
ものを知らない人はよくしゃべり、よく知っている人はあまりしゃべらない。
1.私は何をすることができるか。2.私は何を為すべきであるか。3.私は何を希望してよいか。4.人間とは何であるか。第一の問いに答えるのは形而上学であり、第二の問いには道徳、第三の問いには宗教、第四の問いには人間論が答える。結局これらすべては人間論に含ませてよいであろう。
最もよく知っている人間は、自分がほとんど知らないことを知っている。
人生をあるがままに受け入れない者は、悪魔に魂を売り渡す。
自分が多数派の側にいると気づいたら、もう意見を変えてもいいころだ。
この瞬間、瞬間に、若さとか、年よりとか、力があるないとか、才能とか、金とか、あらゆる条件を超えて、その持てるぎりぎりいっぱいの容量で挑み、生きるということだ。
思想だけがあって感情がなければ、人間性は失われてしまう。
今日、結婚した男はみな独り者みたいに、そして独り者の男はみな結婚しているみたいに暮らしている。
万策尽きたと思うな。自ら断崖絶壁の淵にたて。その時はじめて新たなる風は必ず吹く。
The better for my foes and the worse for my friends.
フォードだって苦しんだ時期があった。何でもする。便所掃除だってするさ。
若いうちの誤りは、きわめて結構だ。ただ、それを年をとるまで引きずってはならない。
自由に呼吸するだけでは、生きているとは言えません。