1番の敵は自分自身じゃないかなぁって。
あなたが向き合わなかった問題は、いずれ運命として出会うことになる。
やっぱり今すごく幸せだよ。10年続けてこれたっていうだけでも幸せじゃない?それ以上の贅沢は言わない。
人々が情報をもっとオープンに交換するようになれば、世界はもっと良い場所になる。フェイスブックはその実現を助ける。
デブは敗北だ。
泥なんて何だい!
もし我々が自分にできることを全て実行すれば、自分自身に対して文字通りびっくりすることだろう。
やるべきことと、それ以上のことを行いなさい。そうすれば、未来は自然に開けるものです。
友情は、この世でもっとも説明しづらいものだ。それは学校で教えてくれるものじゃない。でもその意味を知らなければ、実際何ひとつ知らないのと同じだ。
今もなお、最も勇気のいる行動とは、自分の頭で考え続けること。そしてそれを声に出すこと。
人生の惨めさから抜け出す慰めは2つある。音楽と猫だ。
難しいからやろうとしないのではない。やろうとしないから、難しくなるのだ。
毎回石橋を叩いていたら 勢いも流れも絶対つかめない。
17、18の死が惜しければ、30の死も惜しい。80、90、100になってもこれで足りたということはない。半年と云う虫たちの命が短いとは思わないし、松や柏のように数百年の命が長いとも思わない。天地の悠久に比べれば、松柏も一時蠅(ハエのような存在)なり。
器用というのは他人の思惑の逆をする者だ。
技術の競争は、あくまでも技術をもってすべきである。
あなた方が現在、何か人生に苦労を感ずるものを持っているとしたら、それをただ苦しい、情けないと思うよりも、仔細にそれを検討なさい。心を己の生命が生きるための道具として使わないで、反対に心に使われているがための結果なんですよ、どんな心配でも。
最高位を望みながら、第二位どころか第三位に甘んじることは、決して不名誉なことではない。
純粋な心の持ち主にとって、権力は魅惑的ではない。
盲目的な愛国心のせいで、現実を直視できないようになってはいけない。どんな人物がやろうとも、どんな人物が語ろうとも、間違ったものは間違っている。
恋のない結婚のあるところには、結婚のない恋が生まれることだろう。
誰でも幸福について語るが、それを知っているものは少ない。
もし人生をやり直すのだったら、私は結婚しないでしょう。
無関心とは、精神の麻痺であり、死の先取りである。
すべての不幸は未来への踏み台にすぎない。
もし何かをちゃんとやりたいんなら、自分でやるべきだよ!
臆病な考えや、不安なためらいや、女々しい足ぶみや、あわれな訴えは、少しも悲惨を救うことができぬ。決して君を自由にせぬ。
私は地獄を見た。私は決してクリミアを忘れない
人生を生きるには、修練が必要である。「まずまずの目的、過ち多き行為、ぐらぐらしている意志」のうちに人生をうやむやに過ごしてはならない