オリンピックの本当の怖さ、オリンピックの魔物というものを少し感じた。
大好きな人のために生き、大好きな人のために死ぬ。それほど、幸せな人生はない。
次にやるべきことが何かなんてわからない。僕のやり方は、大きなものをつくるんじゃなくて、小さなプロジェクトを積み重ねていって、最後に一緒にすることなんだ。
どんな状況にあっても、その時点のベストで戦わなければいけない。
悲劇には慣れている。「ドーハの悲劇生まれ」の宿命だよ。
自分が負けたって思わなけりゃあ…負けなんてねぇんだよ!!
所有すればするほど、とらわれてしまうのです。より少なく所有すれば、より自由でいられます。
あらゆる真実は一度発見されれば理解するのは容易だ。肝心なのは真実を発見することだ。
財産よりも、もっと尊いのは「明るい性格」だ。人間の心も体と同じだ。日陰にいるのではなく、日光の照る場所に移るべきだ。困ったことがあっても、笑いで吹っとばしてしまおう。さあ、日の当たる場所に出ようではないか!
孤独な魂に出会うと、自由と知性のあふれる世界にかならず導いてあげる、それが愛。
人に善をなせば、とがめられるものだ。
時々、機会を見つけて外出しなさい。そして、リラックスしよう。外から帰ってくると、あなたの判断はより確かなものになります。いつも仕事にへばりついていると、あなたは、判断力を失ってしまいます。
世間普通の人たちは、難しい問題の解決にあたって、熱意と性急のあまり、権威ある言葉を引用したがる。
私はこれまでの人生で、弱い女と強い男は見たことがない。
エミール、幸福にならなければならない。これはあらゆる感覚を持つ存在の目的なのだ。これは自然が私達に感じさせる基本的な欲求であり、決して私達になくならない唯一つの欲求でもある。
百歩譲って、いくら磨いても玉にならないとしてもだよ、磨かない玉よりはよくなるぜ。ここいらが非常に味のあるところじゃないか。
人が人の世のためを、本位として生きる時、その心の中に、卑しい不平不満の火は燃えない。
生きることとは、考えることだ。
もっとも力強い人間は公人ではない。世界を支配するのは私的生活である。諸君が評判になればなるほど力弱くなる。公人は責任ある地位にある。責任ある地位にある人間は奴隷である。
たとえ、いかなる逆境、悲運にあおうとも、希望だけは失ってはならぬ。「朝の来ない夜はない」のだから。
新聞の中で、唯一信頼できる事実が書かれているのは、広告である。
何かがおかしい時は、真実が隠れてないか気をつけろ。
物事が変わるのではない。私たちが変わるのだ。
他人を知るものは賢いが、自分自身を知るものは目ざめた人である。他人に打ち勝つものは強いが、自分自身に打ち勝つものは偉大である。
人は、恋をしてはじめて、すべての子供らしさから脱皮する。
自分の金、自分の仕事、自分の財産。自分のものと言えば自分のものだけれど、これもやっぱり世の中から授かったもの。世の中からの預かり物である。
大衆は有能な人を欠かすことができない。しかも有能な人は大衆にとって常に重荷である。
人はあまりにもつまらぬものを読みすぎているよ。時間を浪費するだけで、何も得るところがない。そもそも人は、いつも驚嘆するものだけを読むべきだ。
知ることだけでは充分ではない、それを使わないといけない。やる気だけでは充分ではない、実行しないといけない。
われわれは知っている物しか目に入らない。