将棋に巡り合えたのは、運命だったと思いますし、将棋を突き詰めていくこと、強くなることが使命。
僕はプルシェンコみたいになりたくてオリンピックを目指しました。
神は眠りを創造した。悪魔は目覚まし時計を作った。
死ぬほど今を生きるんだ
食らいついたら、人は面白がって、振りほどこうとする。ここもかめるのかって手を差し出してくる。そこでどんどん吸収していくしかない。
努力しても報われないなあと感じ嘆く時、大抵の場合は、まだ本当の努力をしていない。
日の光を籍(か)りて照る大いなる月たらんよりは、自ら光を放つ小さき燈火(ともしび)たれ。
イザという時?俺は一年中イザという時だよ!
仲間を売るような真似をするくらいなら喜んで死ぬ。
天才とは努力する凡才のことである。
あなたのまわりにいまだ残されているすべての美しいもののことを考え、楽しい気持ちでいましょう。
会議を成果あるものにするには、会議の冒頭に、会議の目的と果たすべき貢献を明らかにしなければならない。そして会議をその目的に沿って進めなければならない。特定の目的のある会議を、だれもが勝手に素晴らしいアイデアを言い合う自由討議の場としてはならない。
一瞬でも基本を忘れたら、根本から崩れさってしまう。スポーツにおける正しい技術、会社における倫理、心構えといった基本を忘れたら、試合に勝てないし、会社や学校で成績をあげることもできない。
あらゆる価値ある働きは、信仰にもとづいた行為である。
役に立たないとか意味がないと思っていることのほうが むしろ重要なんじゃないか。
決まり切った局面で長考して時間を使って疲れるより、勝負どころの場面で、深い集中力を発揮できることが大切。
組織に貢献してくれるのは優秀な者よりも能力は並の上だが、忠実な者の方だ。
成功とはあなたの仕事のほんの1パーセントに当たるものだが、それは失敗と呼ばれる99パーセントのものがあって初めて生まれてくるものである。
独創的な新製品をつくるヒントを得ようとしたら、市場調査の効力はゼロとなる。大衆の知恵は決して創意などもっていないのである。大衆は作家ではなく、批評家なのである。
アドバルーンを上げれば何かが動き出す。
高みにのぼる人は、皆らせん階段を使う。
十人が十人とも悪く言う奴、これは善人であろうはずがない。だからといって十人が十人ともよくいう奴、これも善人とは違う。真の善人とは、十人のうち五人がけなし、五人がほめる人物である。
我々の目的は、いかなる手段をとろうとも、完全な自由・正義・平等を確立することだ。
世界史は世界審判である。
社交家とは、女性の誕生日はいつも覚えていながら、彼女の年齢を忘れてしまう人のことだ。
夫婦や恋人同士の問題には決して口をだしてはいけない。そこには世間の誰にも分からない、二人だけしか知らない一隅があるのだから。
自分がわからないことに遭遇するときや、知らないことに出会ったときに、「お、自分はまだまだいける」と思います。
四角の世界から常識と名のつく一角を摩滅して、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでも良かろう。
ああ、苦しい、今、死にたくない。
次にどんな夢を描けるか、それがいつも重要だ。