私には規則や方式は一切ない。裸婦を見る、すると幾千ものちいさな色合いが見えてくる。その中から、生き続けるものを探し出し、そのようにして真新しい色調をキャンバスの上に躍動させるのだ。
社会をつくるまえの人間の自然状態が戦争であったこと、しかも、いわゆる戦争ではなく、すべての人に対する、すべての人の戦争…
お言葉ですが杉山さん…湘北はワンマンチームじゃありません。。今は…湘北というチームを早く全国の奴らに見せてやりたい。。それとベスト8を狙うわけにはいきません。全国制覇が私の夢です
(下積み時代は)楽しかった。好きなことをやれて、恵まれていると思ってた。それこそ、夢いっぱいでしたよ。いつもポケットは夢でパンパンでした(笑)
たいていの人は、問題を解決しようとするよりも、問題を回避するためにより多くの時間とエネルギーを費やしている。
私の一番つらかった戦いは、最初の妻とのものだ。
決意は、すればするほどうまくできるようになる。ちょうど鍛えれば鍛えるほど筋肉が強くなるように、決意するという筋肉も同じように作用するのだ。
やる価値のあることなら、たとえ最初は下手であっても、やる価値がある。
人生の目的は奉仕であり、慈悲と他者を助ける強い意志を示すことである。
恥ずかしいと思わぬことは、恥ずかしがらずに言うべきだ。
人々が仕事で幸せになるためには次の三つが必要だ。その仕事に向いていること、働きすぎないこと、そして、やればうまくいくと感じていることだ。
実物には一向に感心しないくせに、それが絵になると、似ていると言って感心する。絵とはなんとむなしいものだろう。
「幸福を必要としないこと、それがおまえたちの幸福だ」と、神は言った。
無欲でなければ志は立たず、穏やかでなければ道は遠い。
無知は決して悪を生まない。危険な罪悪を生むのはただ誤謬の懸念である。
ある種の兆しが、ある種の事件に先立つ。
頑健な体は力強い精神をつくる。
大切なことは、力のない人の言葉が認められることである。
過去をより遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せるだろう。
私が人生を諦めて、自分一個の幸不幸などはどうでもよいと悟って以来、少なくとも人生は、私にやさしくしてくれるようになった。
あまり他人の同情を求めると、軽蔑という景品がついてくる。
我も富み、人も富み、しかして国家の進歩発達をたすくる富にして、はじめて真正の富と言い得る。
夫婦や恋人同士の問題には決して口をだしてはいけない。そこには世間の誰にも分からない、二人だけしか知らない一隅があるのだから。
もし人生をやり直すのだったら、私は結婚しないでしょう。
一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。明日のことを思い煩うな。明日は明日みずから思い煩わん。きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。
多くの女性を愛した人間よりも、たった一人の女性だけを愛した人間のほうが、はるかに深く女というものを知っている。
苦労人というのは、ややこしい苦境を優雅に切り抜ける人のことである。
誰もが真実を見ることができるとはいえない、しかし真実であることはできる。
人は、恋をしてはじめて、すべての子供らしさから脱皮する。
他の人に懺悔してしまうと、当人は自己の罪は忘れるが、たいてい相手の人はそれを忘れない。