悪はどこにありますか?悪はどこにありますか?警察にあるんですか?悪は。学校にありますか?路地裏のゲームセンターにありますか?違う。悪はそんなとこにない。悪はどこにあるか、皆さんの心の中に悪はあるんです。
嵐は誰にでも出来るような楽な事をやる5人じゃない嵐でないと出来ない事をやりたいでないと俺ら5人の意味がないでしょ
子供が時間など気にするんじゃない!
徹底的に遊べ!
盗人は縛り首にされることを悲しむが、盗人であることを悲しまない。
自信とは、自分の能力や技量で物事が達成できるかどうかの見通しのことです。そして見通しを立てるのは想像力です。自信のない人に共通しているのは想像力に乏しいことです。
自分の名誉を傷つけられるのは、自分だけだ。
僕にはヘンな癖があるけど、捨てなかった。それがぼくの個性だから。
われわれが書斎の窓からのぞいたり、ほお杖ついて考えたりするよりも、人生というものは、もっと広い、深い、もっと複雑で、そしてもっと融通のきくものである
「口先だけの多数派」に対して、求めるものを明確にし、犠牲をいとわない人を「行動する少数派」と呼ぶ。
いかなる革命も、3日目から堕落が始まる。
恋が強烈でないのは恋の自然に反しており、恋が変わりなく続くのは、強烈であるべき恋の自然に反している。
人間とは何か?愚かな赤ん坊だ。無駄に努力し、戦い、いらだち、何もかも欲しがりながら、何にも値せず、小さな墓をただ一つ得るだけだ。
だれに対しても、不正を不正でもって、悪を悪でもって、埋め合わせしてはいけない。よしんば、その相手にどれほど苦しめられていようとである。
人間は言うことが無くなると、必ず悪口を言う。
理想としては、勝負を超越した心境の中で将棋を指すことなんです。
三度ものをいって三度言葉の変わる人間は、嘘をつく人間である。
誰よりも三倍、四倍、五倍勉強する者、それが天才だ。
「叱る」と「褒める」というのは同意語だ。情熱や愛情が無いと、叱っても、ただ怒られているというとらえ方をする。
死ぬことと、自分の信念とどちらが大事か!
若者からは暴力、老人からは成熟が、その生命を奪う。
武力によって敵を制する者は、その半ばを制するにすぎない。
幸せが何から成っているのか探し続けている人は、決して幸せになれない。人生の意味を見出そうとしている人は、決して生きているとはいえない。
知識人は政治家を軽蔑し、政治家は知識人を軽蔑する。
月の裏側に一人残されていたような恐怖を自分のことのように想像しながら、その状況の意味を何年も考え続けた。
重大な状況において、ほんのちょっとしたことが、最も大きな出来事をつねに決定する。
その奥さん、親戚は多いし知り合いも沢山いたんだ。でもね、言うまでもなく“知り合いが沢山居たって友達が一人も居ない” って事は有り得るんだよ。
真に素晴らしい本は内容以上のことを教えてくれる。その本を置き、仕入れた知恵を試したくなる。読むことで、行動せずにいられなくなるのだ。
問題は未来だ。だから私は、過去を振り返らない。
ナマ身で運命と対決して歓喜する。それがほんとうの生命感。
恋においては所有することは無意味であり、享楽することがすべてだ。