5歳の夏に将棋を始めて、冬には地元の子供教室で1手詰、3手詰を普通に解く感じになって…。意識的に取り組んできたことではないんです。好きだから自然に続けてきました。
僕の場合、悔しさってすごい原動力。
人生は、きっと自分のしたいことのためにあるんだと思う。だから、時間があると思う人は、まだ何かできると思う人は今のうちにうんとたくさん心の財産を増やしておくといいと思う。そうすれば君が求めているその夢にきっと辿り着ける。僕はそう信じてる。そして、君のためにそう祈って歌い続けるだろう。そして最後に、あの時ステージを降りてからずっと考えてた。今日この日何を言えばいいか。それは、どんな困難にも負けないで、いつまでも夢を捨てないで、君達へ僕からの精一杯の愛情を込めて、いつまでも歌い続けることを約束します。
概して人は、見えることについて悩むよりも、見えないことについて多く悩むものだ。
町中で俺に中指立ててる奴がいたら俺は「 I LOVE YOU 」って言ってやる。俺ってそういう男。
何かを学ぶためには、自分で体験する以上にいい方法はない。
革新とは、単なる方法ではなくて、新しい世界観を意味する。
失敗したからって何なのだ?失敗から学びを得て、また挑戦すればいいじゃないか。
破廉恥に対する羞恥心も、美を求める努力も、ともに欠けているようでは、国家にしろ個人にしろ、偉大な美しい行為を果たすことはできない。
時は悲しみと口論の傷を癒す。人はみな変わる。過去の自分はもはや現在の自分ではない。悩む者も悩ます者も、時がたてば別人になる。
女性は実体で、男性は反省である。
すべての人間は、他人の中に鏡を持っている。
不決断こそ最大の害悪。
もっとも厄介な奴隷状態とは、自分自身の奴隷であることだ。
言葉はかけ算に似ている。かけ算ではどんな数も最後にマイナスをかけたら、答えはマイナスになる。
家臣を率いる要点は惚れられることよ。これを別の言葉で心服とも言うが、大将は家臣から心服されねばならないのだ。
発明はすべて、苦しまぎれの智恵だ。アイデアは、苦しんでいる人のみに与えられている特典である。
1.私は何をすることができるか。2.私は何を為すべきであるか。3.私は何を希望してよいか。4.人間とは何であるか。第一の問いに答えるのは形而上学であり、第二の問いには道徳、第三の問いには宗教、第四の問いには人間論が答える。結局これらすべては人間論に含ませてよいであろう。
幸福は人生の意味および目標、人間存在の究極の目的であり狙いである。
人格は厳しい状況のもとでこそ計られる。
我々が未来に信頼を持つには、まず我々自身を信頼することである。
今日の新聞・雑誌は嘘の巣窟だ。そして読者の十中八九までが、嘘にまるめこまれる可能性がある。
馬は死ぬ前に売ってしまうことだ。人生のコツは、損失を次の人に回すことだ。
幸福とは長さの不足を高さであがなうもの。
兵法に複雑な策略などはいらない。最も単純なものが最良なのだ。偉大な将軍達が間違いを犯してしまうのは、難しい戦略を立て、賢く振る舞おうとするからだ。
人間には、幸福のほかに、それとまったく同じだけの不幸がつねに必要である。
人間というものは、いかなる場合でも、好きな道、得手の道を捨ててはならんものじゃ。
人間がこの世に存在するのは、金持ちになるためではなく、幸福になるためだ。
真の男のなかにはひとりの子供が隠れている。この子供が遊びたがるのだ。
情熱は川や海に似ている。浅いものはつぶやき、深いものは黙している