私は「奇人は貴人」だと考えているから、漫画にも大勢の奇人変人を描いています。こうした人たちには、好奇心の塊のような、我が道を狂信的なまでに追求している人が多い。つまり、誰が何と言おうと、強い気持ちで、我がままに自分の楽しみを追い求めているのです。だから幸せなのです。さあ、あなたも奇人変人になりなさい。
あなたができると思えばできる。できないと思えばできない。どちらにしてもあなたが思ったことは正しい。
心の中のヴィジョンは、現実になるんだ。
あなたの心が正しいと思うことをしなさい。どっちにしたって批判されるのだから。
心には理性で分からない理由がある。
人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。自分自身においても、また他人に対しても。
思い切ってやりなさい。責任は私がとる。
開拓精神によって自ら新しい世界に挑み、失敗・反省・勇気という三つの道具を繰り返して使うことによってのみ、最後の成功という結果に達することができると私は信じています。
努力してますと練習を売り物にする選手は、プロフェッショナルといえない。
最終的に相手を認めていく。
お父さんの欠点ばかりが目に付くのは、父親として見ているだけだから。お父さんも一人の人間。
今は男達も裃を脱ぎ捨てて、本音で生きていい時代。そんな中でキラリと光るのは封建制度に代わる価値観を自分の手で作り上げた男たち。
人間は自由であり、つねに自分自身の選択によって行動すべきものである。
大衆に役立つ最上の仕事や功績は、独裁者か、あるいは子供のない男によってなされる。
40歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任を持たなくてはならない。
公民権というのは、アンクル・サムに正しく扱ってくれとお願いすることだ。人権というものはあなた方が持って生まれたもの、神に与えられたものだ。
自分の道を進む人は、誰でも英雄です。
幸福を追い求めている限り、君はいつまで経っても幸福にはなれない。たとえ最愛のものを手に入れたとしても。
正確に観察する能力は、それを有していない人間から皮肉と呼ばれる。
尊敬すべき幸福な人は、逆境にいても、つまらぬことはくよくよせず、心配しても始まらないことは心配せず、自分の力のないことは天に任せて、自分の心がけをよくし、根本から再生の努力をする人である。
あなたはさっきから、乙姫の居所を前方にばかり求めていらっしゃる。ここにあなたの重大なる誤謬が存在していたわけだ。なぜ、あなたは頭上を見ないのです。また、脚下を見ないのです。
暗ければ、民はついて来ぬ。
自分について何か書かれていても、その内容は気にしちゃいけない。大事なのは、どのくらいのスペースが割かれているかだ。
人は旧を忘れざるが義の初め。
君という人間は君の行為自体の中に宿っている。君の行為こそ君なのだ。もうそれ以外のところに君はない!
叱ってくれる人を持つことは大きな幸福である。
成熟とは、子供のとき遊戯の際に示したあの真剣味をふたたび見出したことである。
毎日少なくとも一回、何か小さなことを断念しなければ、毎日は下手に使われ、翌日も駄目になるおそれがある。
いつまでもただの弟子でいるのは、師に報いる道ではない。