恋の悲劇は、無関心である。
イギリスでよい食事をしようと思うなら、朝食を三度とればいい。
愛とは、お互いに相手を知らない男女の間に発生するものである。
大事なことは、愛されることよりも愛することだった。
この世の不幸は、良い習慣をあきらめるほうが、悪い習慣をあきらめるよりも、ずっと簡単だということにある。
この世には、愛する人と愛される自分になろうとする人がいる。
人は批評してくれというが、称賛を欲しているだけである。
生きるための唯一の方法は、自分がいつか死ぬことを忘れることだ。
我々は、その長所よりも欠点によって友を知るのだ。
愛と芸術を求めるには人生は短すぎる。
詩は文学の王である。
なぜ、美人はいつもつまらない男と結婚するんだろう?賢い男は美人と結婚しないからさ。
人生の最大の悲劇は死んでしまうことではなく、愛することを止めてしまうことだ。
「青春がすばらしい」というのは幻想である。青春を失った人達の幻想である。
偉大な芸術は、道徳的要素なしには存在しえない。
人生とはおかしなものだ。最高のものしか受け付けずにいると最高のものを得られる場合が多い。
私はいつも人々に興味を持ってきたが、彼らを好きになったためしはない。
結婚生活はとてもよいものだ。しかしそれを習慣にしてしまうのは誤りだと思う。
金は第六感のようなものだ。これがないと、他の五感も十分に機能しない。
人の言葉を引用する能力は機知のなさを補うのに役立つ。
最も永く続く愛とは、決して報われぬ愛のこと。
人生の秘訣とは、自分でそれを見つけないと意味がないのだ。
私が確信できることがたった一つある。それは確信できることはほとんどないということだ。
小説を書くためのルールは三つある。残念なことに、誰もそれを知らない。
どうやら美というものも、幸福や発明と同様、計画的に追求されない時の方が獲得しやすいようである。
ユーモアのセンスを持っていると、人間性の矛盾を楽しむようになる。
金だけが人生ではない。が、金が無い人生もまた人生とは言えない。十分な金が無ければ、人生の可能性のうち半分は締め出されてしまう。
芸術家の最大の敵は自己懐疑だ。
女はいつも、機会さえあれば、自分を犠牲に捧げたがる。あれは自己陶酔の一形式であり、しかも女たちのお好みの形式なのだ。
人生とは、切符を買って軌道の上を走る車に乗る人には分からないものである。
読書は人を聡明にしない。ただ教養ある者にするだけだ。
恋は、人間を何ほどか自己以上のものにし、同時に、何ほどか自己以下のものにする。
どんな男でも育ちのいい女ほど皮肉な心を持っていない。
何ひとつ為した事はない。このまま死んでしまえば、全くいなかったのも同然なのだ。
苦労が人間を気高くするというのは、事実に反する。幸福が、時にはそうすることはあるが、苦労は大抵、人間をけちに意地悪くするものなのだ。
才能のない人たちが芸術を追求するほど悲惨なことはない。
新しい考えはおおかた新しい感動のせいなのだ。それは思慮によってではなくて、情熱によって得られるものなのだ。
毎日、自己の嫌いなことを二つずつ行うのは、魂のためによいことだ。
恋人として男と女とが違う点は、女は一日中恋愛をしていられるが、男はときどきしかできないということである。
完璧には一つの重大な欠点がある。退屈になりがちなのだ。
苦労人というのは、ややこしい苦境を優雅に切り抜ける人のことである。
思い煩うことはない。人生に意味はないのだ。
真に重大な自由はただ一つです。それは経済的な自由なのです。
長い目で見れば、利口者や金持ちに生まれつくよりも、運の良い人間に生まれついた方がいい。
良い妻というものは、夫が秘密にしたいと思っている些細なことを常に知らぬふりをする。それが結婚生活の礼儀の基本である。
老年の最大の報酬は精神の自由だ。