壁を乗り越えて見えるのは、壁ですね。人間とはそういうもの。課題を克服し、また何かを乗り越えようとすることに関して、僕は人一倍欲張り。
私たちが生まれてきたのは、生きているだけで十分に値打ちがあるものとして、生まれてきたんです。
人々が情報をもっとオープンに交換するようになれば、世界はもっと良い場所になる。フェイスブックはその実現を助ける。
労働の賃金は勤勉への奨励であって、勤勉とは他のすべての人間の資質のように、それが受ける奨励に比例して進歩するのである。
物事の発想は遠大なる方がよい。
人生を楽しむ秘訣は普通にこだわらないことだ。普通と言われる人生を送る人間なんて、一人としていやしない。
逆境における仲間は、苦難を軽くする。
諸君の精力と思考とを、自分の使命に集中させよ!なすべきことを、とことんまでやりぬけ。あらゆる改善をし、あらゆることに精通し、なすべき仕事を完璧にマスターせよ!
何かが障害として立ちはだかっているように感じても、実際には何もない。ただ、ベストを尽くすチャンスと、ある程度の成功を収められる可能性があるだけだ。
結局、基本的人権はどこに始まるかといえば、それは家のまわりからでしょう。
スタイルとは、複雑なことを表現するための簡単な方法だ。
信長公は勇将であるが良将ではない。剛を持って柔に勝つことを知ってはおられたが、柔が剛を制することをご存じなかった。ひとたび敵対した者に対しては、怒りがいつまでも解けず、ことごとく根を断ち葉を枯らそうとされた。だから降伏する者をも誅殺した。これは人物器量が狭いためである。人には敬遠され、衆から愛されることはない。
長というのは組織上の役割を示すためのものであって、決してその人物の偉さを表すものではない。
もともとありもしない「限界」にこだわると、己れの力に疑問をもつようになり、しくじったり、できなかったとき、「ああ、これが俺の限界だ、もうダメだ」とギブアップしてしまう。
窮するもまた楽しみ、通ずるもまた楽しむ。楽しむ所は窮通に非ざるなり。
あらゆる宗教は道徳をその前提とする。
もし世の中の人の苦しみに、一々足を止めていた日には、人は生きて行かれないだろう。どんな幸福も、他の人間の苦悩を食って生きているのだ。
思い出というものは、人を楽しませるものではあるが、時には人を寂しがらせないでもない。
誰かを信頼できるかを試すのに一番良い方法は、彼らを信頼してみることだ。
食べ物に対する愛より誠実な愛はない。
自然を感じるだろ…?強い風の前に立って自分達に向かって進んでくる雨を感じるのはなんて素晴らしいんだ。
誰にでも未解決の問題はあるもんだよ!
私が想像できる最も悲しい事は、ぜいたくに慣れてしまうことだ。
どうやら美というものも、幸福や発明と同様、計画的に追求されない時の方が獲得しやすいようである。
経験はただで手に入らないものだ。
人類の生命は無限。だからその未来は無限。だから、まだまだお互いに進歩しなければならないのである。
叱ってくれる人を持つことは大きな幸福である。
金のためにやってきたわけではない。買いたいものなんてすぐに尽きてしまう。
貧者が富者を嫉み、富者が貧者を怖れることは、永久に絶えないだろう