詰将棋も好きで続けてきただけなんです。答えはひとつですから解けるとうれしいですし、手順には芸術的な美しさがあります。
火山で言えば、マグマが溜まるコアの部分を作っている。コアがしっかりあるから吹き出せる。今までは上辺だけで演技してた感じ。今年はそれを痛感しました。スケートアメリカのフリー、ガタガタの演技を体験して、あれで痛感しなかったら俺は本当にダメな奴ですよ。
ミスを犯すのが人間。だけど、そのミスを犯した時にどう補うかが、その人間の真価が問われている。
部長!ハゲを隠す事はありません!
ハゲしくハゲを見せてハゲの人をハゲまして下さい
アホなベビイ(子供)という評判は気にならんかったのです。私は世の中の法律とは別の法律にのっとって生きてたわけです。
この瞬間にベストを尽くせば、次の機会には最高の場所に行けるわ。
見えないところで、私のことを良く言っている人は、私の友人である。
もちろん、生まれつきの能力の問題もまったく無視はできない。それでもやはり、これはおまけみたいなものだ。絶え間なく、粘り強く努力する。これこそ何よりも重要な資質であり、成功の要といえる。
楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ。
働くことができない、人間として使命を果たすことができない、これが結局、人間の唯一の不幸なのである。
進歩が生まれるのは、多様性の中の選択からであって、画一性を保持するからではない。
人はだれでも特異な存在であり、無から有を創り出す力を授かっている。
誠篤ければ、たとい当時知る人無く共、後世必ず知己有るもの也。
私たちは決して苦痛や悩みから解放されることはありません。しかし最悪の場合さえも明るさを失わず、明日に希望をも持つように努力することは出来るのです。
行為する者にとって、行為せざる者は最も過酷な批判者である。
現代の資本主義社会には生活はない。あるものはただ宿命だけだ。
高位にある人間は、三重に奴隷である。すなわち、君主または国家の奴隷であり、名声の奴隷であり、仕事の奴隷である。
捕まえたときに、追いかける楽しみは終わる。
成功があがりでもなければ、失敗が終わりでもない。肝心なのは、続ける勇気である。
どこにおける不正であっても、あらゆるところの公正への脅威となる。
結局のところ、最悪の不幸は決して起こらない。たいていの場合、不幸を予期するから悲惨な目にあうのだ。
生きている者とは、闘っている者だ。
二人の人間が愛し合えば、ハッピーエンドはあり得ない。
自分が信じないことは言わず、知ったからには必ず行うという思いが強くなれば、自然に言葉は少なく、行動は素早くなる。
まあいゝ 俺の一生を何かの役にたてて見せる ころぶ時があつても
その奥さん、親戚は多いし知り合いも沢山いたんだ。でもね、言うまでもなく“知り合いが沢山居たって友達が一人も居ない” って事は有り得るんだよ。
人生の目的は悟ることではありません。生きるんです。人間は動物ですから。
人生って、繰り返し見る度に変化していく映像のようなものだ。そうだろう?
道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与えたる損害は完全なる良心の麻痺である。
女人は我々男子には正に人生そのものである。即ち諸悪の根源である。