やっぱりこうやって金メダルをとって2連覇して帰ってきたということが、たくさんの方の幸せになっていることは間違いないし、それができるのは僕しかいなかったということだと思っています。
本当にあなたを深く傷つけることができるのは、あなたが愛する人だけです。
賢い人とは多くのことを知る人ではなく。大事なことを知る人である。
結局、やり続けた奴が勝ちでしょう。
ふつうにもどっただけなのに、それをえらい立派だと甘やかしてる!
こいつから金とられたまじめな学生や、バイクとられた人の方が悲惨でしょう!?
こいつのどこが立派なんですか?
同じ年で新聞配達などして頑張ってる少年のほうが立派
薄々気づいてたけど、優秀な人間と一緒だとサボっちゃう癖があるな?。ポンコツ同士で一緒に汗かいてるのがお似合いだな
唯一の救いは、ユーモアのセンスだけだ。これは、呼吸を続ける限りはなくさないようにしよう。
愛においては、二人が一人になり、しかも二人でありつづけるというパラドックスが起きる。
生きとし生けるものすべてに神性を見出すとき、誰もが翼を手に入れる。
顔をいつも太陽のほうにむけていて。影なんて見ていることはないわ。
何か素晴らしいことを達成するための努力というものは、決して無駄にならないことを覚えていなさい。
運を信じるしかない。そうでなければ、気にくわない人たちの成功をどう説明すればいいのだ。
批評家は常に比較する。比較できないもの、つまり「類まれなもの」はそこからすり抜ける。
孤独であることは救われることである。
自分の人生には、自分で責任を持つべきだから、ただ自分を幸せにしてくれる白馬にまたがった王子様を待っているなんてダメ。自分の将来は、自分で切り開いていかなきゃね。
およそ主人たるもの、1年使ひ見て、役に立たぬときは暇を遣はし、家来としては、三年勤めて悪ししと知らば、暇をとること、法なり。
精神のバランスが崩れるのは機能性、利便性、経済効率、そればかり基準にするから。精神の健康を保つのは美意識。
人間が生きている間、決して消え失せることのない唯一の情欲は自愛である。
何であれ、怒りから始まったものは、恥にまみれて終わる。
富を失う者は多くを失い、友人を失う者はさらに多くを失う。しかし、勇気を失う者はすべてを失うことになる。
いくら年をとり、知識を積んでも、人間には、人間本来の迷いの火ダネが、白骨になるまでは、なくならないものらしい。
人の涙をもてあそんだり、人の悲しみをかえりみない者が涙を流すなんておかしいじゃないか。
「人類に対する愛」という言葉は、自分が心の中でつくりあげた人類に対する、つまり己に対する愛である。
正しい答えが人生のすべてじゃないでしょう?
失敗は重要ではない。自分自身を馬鹿にするのはなかなか勇気がいる。
半分は先輩から教えてもらう、半分は部下から教えてもらう。
方向を間違えたり、やり過ぎたりしないようにするには、まず「本当は重要でも何でもない」1,000のことに「ノー」と言う必要がある。
創造とは結びつけること。
人に対する批判的な心をやわらげる最良の方法は、自分が批判している相手の役に立とうと努めることです。私自身の経験からそう申し上げることができます