真の幸福に至れるのであればそれまでの悲しみは、エピソードに過ぎない。
全て意味があってなる。無意味に起こる事なんか無~い。
知性は、方法や道具に対しては、鋭い鑑識眼を持っているが、目的や価値については盲目だ。
間違いを犯した事の無い人というのは、何も新しいことをしていない人のことだ。
激怒しているときには何もするな。嵐の海に漕ぎ出すようなものだ。
知識労働者がすべて同質のものだなどと考えたら、大間違いである。
自然はわれわれの知性にとっては限りなく驚嘆すべきことを最高度の容易さと単純さとで行なっている。
気のふさいだ馬を見たことがあるか?しょげかえった小鳥を見たことがあるか?馬や小鳥が不幸にならないのは、仲間に「いいかっこう」を見せようとしないからだ。
どれだけの労力を注ぎ込んだかを知れば、天才なんて呼べないはずだ。
もしも人から、なぜ彼を愛したのかと問い詰められたら、「それは彼が彼であったから、私が私であったから」と答える以外には、何とも言いようがないように思う。
よい結婚というものが極めて少ないことは、それがいかに貴重で、偉大なものであるかという証拠である。
何か不運に見舞われそうになったら、起こり得る最悪の事態について真剣に、慎重に考えてみよう。この起こり得る最悪の事態をしっかり見据えたら、それも結局大した災難ではないと思うための理由を考えてみよう。その理由は必ずあるものだ。
死ぬべき時を知らない者は、生き方を知らない。
人生はつねに幸福でない、善き人生のみが幸福なのだ。
われ独り出頭して、一人して事を埒あけたがるように致す、これ大なる病なり。
幸運はそれが失われるまで知られない。
世界中のすべての軍隊よりも強いものが一つだけある。それは、時にかなって生まれた発想である。
真理!眼をしっかり開いて、生命の強烈な息吹を全身の毛穴から吸い込み、物事をあるがままに見、不幸をまともに見つめ、そして笑うのである!
深刻になることは必ずしも、真実に近づくこと…ではない。
堪え忍べ、働け、祈れ、そしてつねに希望を持て。これがわたしが全人類に一度に吹き込もうと願っている真理なのです!
書物は世界の大切な富であり、国家にとっても、人類にとっても、世代を経て継承するに値するものである。
「男社会」なんて気にしない。ただし女でいられるならね。
人間の英知を信用しすぎるのは賢明ではない。強者も弱くなるかもしれないし賢者も間違うかもしれない、と心に留めておくことは健康的である。
良い妻というものは、夫が秘密にしたいと思っている些細なことを常に知らぬふりをする。それが結婚生活の礼儀の基本である。
ただ詩のみが、つねに、真理へと到る道だ。
女はおべっかによっては、けっして武装を解除されはしないが、男はたいてい陥落される。
学ぶ心さえあれば、万物すべてこれ我が師である。
善にも強ければ、悪にも強いというのが、もっとも強力な力である。
人は喧嘩する時、双方とも悪いと感じている。
すべての物事は、それにつぎ込んだ努力にほぼ等しい成果があるものだ