僕は芝居を「演じている」と見られるのが一番嫌いだ。オーバーな演技やクサい芝居をしていると「そんな奴はいねえだろ」となってしまう。「いるいる、こんな奴が」と思ってもらいたい。「らしく見える」のが一番大事だ。
人間にとって最大の幸福は、「自分を生かせる仕事に巡り合うこと」ではないでしょうか。 人は誰しも社会で認められ、社会に役立ちたいと願っている、社会的な生き物です。社会から切り離された“自我”など有り得ないし、社会と無関係に生きることなど何人たりとも出来ない。どんな人間も、多かれ少なかれ、社会に依存しながら生きているものです。
私の上に降る雪はいと貞潔でありました。
恐らく生まれ変わってまたプロ棋士になったとしても、同じやり方をするんじゃないかな。
たとえバケモンだって、殴った手の方が、イタイこともあらあ。
機械は生活を便利にした、将来はもっと便利になるだろう。しかし、用心しなくては人間が機械に使われるようになってしまう。
私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。
富を得る方法は、すべての卵をひとつの籠につめて見守ることだ。
話は目的のある航海であり、海図がなければならない。どこへ行くともなしに出発した者は、たいていどこにも行けない。
まずは教えてやることだ。今度は、それが自分に返ってくる。
孤独な生活の目的とは、もっと悠々と気ままに暮らすというただ一つである。
終始一貫して僕が自分の漫画の中で描こうとしてきたのは、次の大きな主張です。「命を大事にしよう!」
馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなす事である。
少しでも興味を持ったこと、やってみたいと思ったことは、結果はともあれ手をつけてみよう。幸福の芽は、そこから芽生え始める。
決断に必要なのは、誰でもうなずける科学的な根拠である。
過ちを犯すことは恥ずべきことではない。むしろその過ちがわかった後も、その過ちを改めようとしないで、繰り返すのは恥ずかしいことだ。
徳ある人を見たら、その人に並ぶことをめざせ。徳なき人を見たら、我が身を振り返り、自省せよ。
汝の意志の規律が、いつの場合でも、一般に立法の原理として適用できるように行動せよ。
貧苦とは、寛大さこそ美徳であるような状態だ。
あなたがやり始めたことは、終わりまでやり続けることだ。そして結果を待てばいい。
陪審というのは、どちらにすぐれた弁護士がいるか決めるために選ばれた12人で構成されている。
人はどんどん変わっていくし、過去の発言に縛られたくありません。
幸福を感じるのには童心とか、無心とか、素直さとか言うものが必要である。
おだやかな人生なんて、あるわけがないですよ。
別の人間に仕立てようというような不可能なことを、相手に要求してはならない。
考えなしにしゃべっちゃうのをどうにかしてやめなきゃ…
友達を持つただひとつの方法は、友達になることである。
どんなに好きでも最後は別れるんです。どちらかが先に死にます。人に逢うということは必ず別れるということです。別れるために逢うんです。だから逢った人が大切なのです。
知識人は問題を解決し、天才は問題を未然に防ぐ。