ムダなことでもなんでも知ってた方がいい。知らないと損をすることはあっても、知ってて損することはないから。
何もしてない奴が「じゃあ、お前ちょっとやってみな」って言われることはあり得ない。ふだんから何かをやり続けているから、誰かの目にとまって声をかけられるんだ。
たとえバケモンだって、殴った手の方が、イタイこともあらあ。
試験なんてナンセンス
ムダ!無意味!役立たず!人間差別!私は断固試験を拒否します
闇と沈黙の中でさえ、すべてのものは、驚嘆すべきものを持っています。私はどんな状況にあっても、その中に充足があることを学んでいます。
安易に近道を選ばず、一歩一歩、一日一日を懸命、真剣、地道に積み重ねていく。夢を現実に変え、思いを成就させるのは、そういう非凡なる凡人なのです。
この国の将来の為に、私がどういうものを残せるかで、今は頭がいっぱい。
賢人と愚人との別は、学ぶと学ばざるとによって出来るものなり。
あなた方が現在、何か人生に苦労を感ずるものを持っているとしたら、それをただ苦しい、情けないと思うよりも、仔細にそれを検討なさい。心を己の生命が生きるための道具として使わないで、反対に心に使われているがための結果なんですよ、どんな心配でも。
借財は底なしの海なり。
希望とは、目覚めていて抱く夢をいう。
性格は変わらない。見解は変えることができるが、性格はただ発達させるのみである。
そのことはできる、それをやる、と決断せよ。それからその方法を見つけるのだ。
武力はすべてを征服する。しかし、その勝利は長続きしない。
楽な人生を願い求めるな。より強い人間になれるように願いなさい。
他人を押さえつけている限り、自分もそこから動くことはできない。
たえず続く夢というものはありません。どんな夢でも新しい夢に代わられます。どんな夢でも固執しようとしてはなりません。
学問とは相違を発見することに没頭することにほかならない。学問とは識別の術である。
人々は闇の中から出てくる何かを見つけることで闇の中から救われることができる。
世の中には地位を崇拝する人間もいるし、英雄を崇拝する人間もいる。また、権力を崇拝する人間もいるし、神を崇拝する人間もいる。そしてこうした架空のものをめぐって、彼らは議論をたたかわせている。しかし彼らの誰もが一様に崇拝しているのは、金だ。
青春は、それが青春という理由だけで、もう清らかなのです。
君のような秀才にはわかるまいが、「自分の生きていることが、人に迷惑をかける。僕は余計者だ」という意識ほどつらい思いは世の中に無い。
優しくなりなさい。そうすれば勇敢になれる。つつましくなりなさい。そうすれば広い心を持てる。人の前を行かないようにしなさい。そうすれば人を導く者になれる。
「誰もが15分間なら有名人になれる。いずれそんな時代が来るだろう」僕は60年代にそう予言したけど、それはすでに現実になった。僕はもう、この言葉には飽き飽きしているんだ。もう二度と言わない。これからはこう言う。「誰もが15分以内に有名人になれる、そんな時代が来るだろう」。
自分を愛してもらいたいから、相手を愛する、それが渇愛です。自分を忘れて他人に尽くす仏さまの慈悲とは正反対ということです。慈悲はお返しを求めません。
男は女の最初の恋人になりたがるが、女は男の最後の恋人になりたがる。
誰でも愛される価値がある。もっとも、「自分こそそうだ」と思い上がっている者は別だ。
Life is as tedious as a twice-told tale.
神はいつでも公平に機会を与えてくださる。
人となりは、その人のヒーローが誰かでだいたいわかる。