僕にとってこのプログラムは、スケートを続けていこうというきっかけになったプログラムです。
今、幸せって言えると思います。
緊張して何もできないぐらいなら、やって失敗した方が次に繋がると思うから。
悪意、皮肉、疑い、ねたみに満ちた思いを抱き続けることは、自らをつくり上げた牢獄に自らを閉じ込めているようなものです。つねに好意を抱き、あらゆる人と楽しく接し、他人の長所を見出そうとすること、そのような無欲な思いこそ、天国への入り口なのです。
子供が時間など気にするんじゃない!
徹底的に遊べ!
予測されるけれども目に見えない危険は、人の心を最もかき乱す。
神がその人を通じてある偉大な行為を望むかのように、誰でもが行動するべきである。
成果とはつねに成功することではない。そこには、間違いや失敗を許す余地がなければならない。
意思決定における第一の原則は、意見の対立を見ないときには決定を行わないことである。
知恵とは、何に目をつぶるかを学ぶこと。
科学は既に知っていること。哲学は未知のこと。
どのような運が降りかかろうと、喜びに浮かれることのないように、悲しみに暮れることのないように、万物は流転し、そして運もまた、いつ変わるとも知れないのだから。
命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは、艱難(かんなん)をともにして国家の大業は成し得られぬなり。
チームでも人でも、成長するときは45度の角度で一本調子で上がっていくことはない。最初は見えないくらいジワジワと上がっていき、途中から急カーブで伸びるものです。そのジワジワの時期にも、監督としては辛抱強く言い続けること、そして待ち続けることが大事なのです。
新聞なしの政府と政府なしの新聞、いずれかを選択しろと問われれば、私は少しも躊躇せずに後者を望むだろう。
地球上で最大の権力を持つ組織はメディアだ。奴らは無実の者に罪を着せ、罪深き者を無実にする力を持つ。これこそが権力だ。奴らは大衆の心を操っている。
白人は黒人の背中に30cmのナイフを突き刺した。白人はそれを揺すりながら引き抜いている。15cmくらいは出ただろう。それだけで黒人は有難いと思わなくてはならないのか?白人がナイフを抜いてくれたとしても、まだ背中に傷が残ったままじゃないか。
長生きしても人は満足しないかも知れないが、充実した人生には満足する。
もしあなたが、過失を擁護する態度をとるだけであれば、進歩の望みはないだろう。
生活習慣は精神を形成し、精神は顔つきを変える。
恋は官能の詩である。
恋愛の厄介なのは、それが共犯者なしには済まされない罪悪だという点にある。
為すべきことは熱を与えることではなく、光を与えることなのだ。
ものになるならないは、実に一寸した処で決まるのだ。昨日までものにならなかった人が、今日ちゃんとものになっていた。そう言う事実を自分は何度か見た。
一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。明日のことを思い煩うな。明日は明日みずから思い煩わん。きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。
時代の風潮、自分を取り巻く環境、さまざまな価値観、それらを正しく見きわめ、自分の判断で行動できるのは、どこにも属さない「迷子」だけだ。
ラブレターを待って一日中郵便受けのそばにいるよりもっとひどいことってあるかね?
大抵の人間は自分本位です。特に女性は、自分中心に地球が廻っていると思っていて、思い通りにならない現実に腹を立てて愚痴ばかり言うのです。思い当たることはありませんか。
人は、あるところでは卑劣に行動しながら、別のところで高徳に振る舞うことは、できないのである。その些細な心の緩みやごまかしが、全体を蝕んでいくのである。人は騙せても自分自身は騙せない。
十歳にして菓子に動かされ、二十歳にしては恋人に、三十歳にして快楽に、四十歳にしては野心に、五十歳にしては貪欲に動かされる。いつになったら人間は、ただ知性のみを追って進むようになるのであろうか。