とにかく負けず嫌いだったので、何をするにしても、自分ができないと「絶対に一番になってやる」と思って、練習に取り組んでいました。
神様……人生を楽にするようにではなく、すべての問題に立ち向かう力を私に与えてください。
どんなに馬鹿にされても、ここにくれば仲間がいたから辛くなんてなかった。
「誇り」なんてかっこよすぎて恥ずかしい
成功は、人間の目に神のごとく映る。
好きな者(モン)を助けるのに、そんなものカンケーあるか。
成功という理想は、そろそろ奉仕という理想に取って替わられてしかるべき時だ。
人は、現実に直面したとき、知性がいかに不十分であるかということを はっきりと知覚するに足るだけの知性は、与えられているものだ。
企業は何よりも「アイデア」であり、アイデアを生むことができるのは個々の人間だけである。
たいていの母親は「乳」を与えることはできるが、「蜜」も与えることのできる母親はごく少数しかいない。蜜を与えるためには、母親はたんなる「良い母親」であるだけではだめで、幸福な人間でなければならない。
みだりに人の師となるべからず。みだりに人を師とすべからず。
俺の人生は挫折の連続なんです。でもそこからはい上がろうとして、未知の世界を知ることもある。
組織はリーダーの力量以上には伸びない。
最も厄介なのは、言葉は悪いが、感覚や時の勢いだけで物事に取り組む人だ。そんな勢いは決して長続きしないことを覚えていてほしい。
自分が受けた仕打ちを今度は自分がするというのは好きじゃない。
人生の最初の四分の一はその使い道もわからないうちに過ぎ去り、最後の四分の一はまたその楽しさを味わえなくなってから過ぎて行く。しかもその間の期間の四分の三は、睡眠、労働、苦痛、束縛、あらゆる種類の苦しみによって費やされる。人生は短い。
魂の探求の無い生活は、人間にとって生きがいの無いものである。
境遇が人間を作るのではない。人間が境遇を作るのだ。
何であれ、怒りから始まったものは、恥にまみれて終わる。
諦めは日常的な自殺である。
悪しき作家とは、読者に理解できない自己の内部での文脈を考慮に入れながら書く連中である。
救急法のクラスで習ったんですけど、もし誰かの気持ちを傷つけたら、一番いい治療法はただちにあやまることです…
夫婦の間でも、恋人の間でも、親子の間でも、常に心を真向きにして正面から相手をじっと見つめていれば、お互いの不満を口にする前に相手の気持ちがわかるはずです。
悪は善のことを知っているが善は悪のことを知らず。
人は自分の最も悪い習慣でさえ失うことを残念がる。おそらく、最も残念がるだろう。なぜなら、それこそがその人の人格の本質的な部分であるからだ。
道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与えたる損害は完全なる良心の麻痺である。
愚者(ぐしゃ)と天才の違いといえば、天才には限度があるということだ。
大切なことを、つまらぬものの犠牲にしてはならぬ。
本当に不幸なのは、できることを未完のまま放り出し、理解もしていないことをやり始めてしまう人々だ。彼らがやがて嘆くのも無理はない。
考えている事を考え抜く事ができない時のみ、人は本当に考えているのだ。