前はすごい孤独だった。だれも分からないんだろうなって思ってた。祝福されるたびに自分の気持ちよりも、周りがあまりにも幸せになりすぎて、僕の幸せって何だろう?と思って。
何でも謝って済むことではないけれど、謝れない人間は最低だ。
こんな変わり者を好きになってもらえるなんて不思議だけどありがたいなって思う。
強風の中、必死に岩にしがみついてじっとしている細い糸トンボを見つけた。何を思い何を耐えているのだろう…。 すると風や止んだその一瞬に大きく羽ばたいた。 そうか、これだ!
過去の歴史を振り返ってみても、日本人は、ひとつの目標を「いいな」と思ったら、その目標の実現に向かって一丸となって協力できる国民です。かって戦争に負け、あれほどの痛手を日本中で負いながら、日本国民は今日まで生きてきました。それは、変化に対応できる能力と、心の強さがあったからです。
まことに人生、一瞬の夢、ゴム風船の、美しさかな。
誰でも心の中にもっとも深く根ざしている願望は、自分の本当の価値を認めてもらいたいということです。他人の価値を認めなさい。そうすればあなたの価値も認めてもらえます。
エネルギッシュで成功する人間は、欲望という幻想を現実に変えることに成功する人間である。
見返りを期待しなくなったとき、倍の報酬がやってくる。
われわれが書斎の窓からのぞいたり、ほお杖ついて考えたりするよりも、人生というものは、もっと広い、深い、もっと複雑で、そしてもっと融通のきくものである
本当の教育は知性と美しさと善良さを組み合わせたものです。そしてこのうち一番大切なものは善良さです。
ものごとを正しく見るには、たった一つのやり方しかない。物ごとの全体を見ることだ。
もし、友人が陰でしゃべっていることをお互いに知ったら、友情はほとんど保たれない。
現代の教育は、どこか衰弱しているというか、勘違いでもしているようだ。
過ちがないことではなく、過ちを改めることを重んじよ。
20代や30代のときには、どんなことでもいいからとことん突き詰めて究めることが大切だ。ひとつのことに精魂を打ち込み、どんなことでもいいから確信となる何かを得ることだ。
思いきった案がかえって通過の見込みをもっている。
彼自身のためにエベレストを登る男でも、山頂には祖国の国旗を立てるものだ。
今日の新聞・雑誌は嘘の巣窟だ。そして読者の十中八九までが、嘘にまるめこまれる可能性がある。
人生を明るいと思う時も、暗いと思う時も、私は決して人生をののしるまい。
むかし景気のよかったものは、復古を主張し、いま景気のよいものは、現状維持を主張し、まだ景気のよくないものは、革新を主張する。
私が一つの欲望を持つかぎり、私は一つの生きる理由を持つ。満足は死である。
自分が他人にしてほしいと思うことを、他人にも同じようにしてやるべきではない。その人の好みが自分と一致するとは限らないからだ。
幸せになりたいのなら、なりなさい。
自分を愛してもらいたいから、相手を愛する、それが渇愛です。自分を忘れて他人に尽くす仏さまの慈悲とは正反対ということです。慈悲はお返しを求めません。
ひとりの人間の死とともに、未知の世界がひとつ失われる。
一滴の水が、どうして己を大河と知るであろうか?だが大河は流れているのだ。樹木を作る細胞の一つ一つが、どうして己を樹木と知るであろうか?だが、樹木は伸び広がっているのだ。
いくつになってもわからないものが人生というものである。わからない人生を、わかったようなつもりで歩むほど危険なことはない。
結婚とは、幻想を父とし、必要性を母として生まれるものである。
憎しみは積極的な不満で、嫉妬は消極的な不満である。したがって、嫉妬がすぐに憎しみに変わっても不思議はない。