よくマンネリと言われたけど、僕は笑いにはマンネリは絶対に必要だと思う。お客さんにすれば、「たぶんこうするよ、ほらやった」と自分も一緒になって喜ぶ笑いと、「意表を突かれた、そう来たか」とびっくりする笑いの2種類あると思う。全部意表を突かれてしまうと、お客さんも見ていて疲れてしまうだろう。
人生とは、想い出を作る為に、生きること
運命のひとは必ずあらわれる。ただ彼は今頃アフリカあたりにいて、しかも徒歩でこっちに向っているにちがいないわ。
ユーモアと言うものは機知や滑稽と同じく何かしら我々の心を開放するものを持つのみならず、何かしら魂を抑揚させるようなものを持っている。
終わってしまう前に、終われ。
なぜ私は作曲するのか?それは、私が心の中に持っているものは外に出なければならないからだ。ゆえに私は(曲を)書く。
僕の言うことなんて、半分は意味もない。ただ君に聴いて欲しくて話しているんだ。
無神論は精神の強さを示す。しかし、一定程度までである。
人々は閑暇を犠牲にして富裕を得る。だが、富裕は自由な閑暇があってこそはじめて望ましいものとなる。富裕のために自由な閑暇を犠牲にしなければならないならば、私にとって富裕が何になるだろうか。
全盛期を過ぎ、落差に耐えつつ、必死にやる、なんてことを惨めと感じる人はいるでしょう。ところが、僕はそうは思わないんですよ。なりふり構わず、自分の可能性を最後の最後まで追求する。そのほうが美しいという、これは僕の美意識です。
馬鹿になれ とことん馬鹿になれ 恥をかけ とことん恥をかけ かいてかいて恥かいて 裸になったら見えてくる 本当の自分が見えてくる 本当の自分も笑ってた それくらい 馬鹿になれ
いつまでも子供でいたい… 無邪気な男は楽しくて魅力的。でもいずれ困る時が来る。腹をくくってきっぱりと、自分の幼児性を捨てなければいけない時が来る。
政治は悪さ加減の選択である。
私たちは、いわば二回この世に生まれる。一回目は存在するために、二回目は生きるために。
高慢な人は常に心の底では卑劣である。
民主政治は専制政体と変わらない。なぜならば、民主政治とは全員がひとりの意志を無視し、時にはこれに逆らって議決し得る。という全員ならぬ全員が、議決し得る執行権を認めるからである。
成功したければ、今自分が取り組んでいるテーマについて研究と献身を重ね、世の誰よりも精通しなさい。
真の情熱というものは美しい花のようなもので、咲き出た土地が痩せ地であればあるほど、ひときわ見る目にも快いものである。
強い心、知性、勇気があれば運命の力を阻み、しばしばそれを逆転することが可能である。
人々は闇の中から出てくる何かを見つけることで闇の中から救われることができる。
アダムはリンゴを食べたかったから食べたのではない。禁じられていたからこそ、食べたのだ。
成績は出ているから今の自分でいいんだ、という評価を自分でしてしまっていたら、今の自分はない。
人間にとって成功とはいったいなんだろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。
色を見るものは形を見ず、形を見るものは質を見ず。
説明しなければ理解できないような美に対して、私はあまり寛容でない。もし創作者以外の誰かによって、その美について補足説明が必要ならば、私はそれが果たして目的を達成したと言えるのだろうかと疑う。
間違いを犯す自由が含まれていないのであれば、自由は持つに値しない。
「目には目を」では、世界中を盲目にするだけだ。
忍従はロマンティックな卑屈である。
いい手本を示そうとする者は、自分の徳に微量の馬鹿げたところを添えなくてはならぬ。すると人は見習って、同時にその模範を眼下に見下ろす – これが人々の好むところである。
週90時間、喜んで働こう。