合宿の時だったんですけど、浅田選手がトリプルアクセルを跳んでいて。「タイミングで跳んでいる」というのを、すごく感じたんですよね。やっぱり生で見るのとテレビで見るのとはまた違っていて、その感覚というかイメージが無意識に入っていった。そのおかげで僕もトリプルアクセルを跳べたのかなと思いますね。浅田さんがトリプルアクセルを跳んでるのを自分の体で具現化するというか、想像と一致させるようにすると跳べてましたね。
本当は、選択した結果に、大きな意味はないのかもしれない。なにを選んだとしても、結果の良し悪しは誰にもわからない。大事なことは、なにを選ぶのか、ではなく、選んだ後どう生きるか、だ。物事を明るく受け止めて、ひたむきに頑張れる人は、なにを選んだとしても、結局「これを選んでよかった」と笑うのだから。
太陽の強さを吸収するためだ。
私たちは経験するものではなく、経験したことをどう認識するかで、私たちの運命が決まります。
血がでてゐるにかかはらず。こんなにのんきで苦しくないのは、魂魄なかばからだをはなれたのですかな。ただどうも血のために、それを云へないのがひどいです。
自分は世界へのギフト。
人間は、感情9割理性1割で動く。
成功に不可欠なのは、肉体的にも精神的にも疲労を溜めずに、ひとつの問題にエネルギーを注ぎ込める能力である。
悲観主義は人を弱きに導き、楽観主義は人を力に導く。
決断ができない人間は、欲望が大きすぎるか、悟性が足りないのだ。
いろいろ考えられる選択肢の中から、「この一手」を選ぶのは自分しかいないわけです。
滅びる原因は、自らの内にある。
叱ることと怒ることは違います。叱るとは怒りの感情を抑え、子供のためになることを子供が理解できる言い方で説得すること。子育てに必要なのは、愛情と理性。
読書は学問の術であり、学問は事業の術である。
生きるとは呼吸することではない。行動することだ。
良い運命の主人公になりたかったら、心の中に感謝と歓喜の感情を持つことだ。感謝と歓喜に満ちた言葉と好意は、人生の花園に善き幸福という実を結ぶ。
汝自身より優れた忠告を言うものなし。
あらゆる事物は価値を持っているが、人間は尊厳を有している。人間は、決して目的のための手段にされてはならない。
時は偉大な医者である。
人間には、愛がありさえすれば、幸福なんかなくったって生きていけるものである。
どうか偶然なんてことをあてにしないでください。偶然のない人生というのもあるのですから。
神経病や神経病患者の数が増えたのではない。神経病に眼の肥えた医者が増えたのだ。
人生という本には、うしろのほうに答えが書いてあるわけじゃない
我々が屈服しさえしなければ、害悪はみな恩人である。
天地も人も皆気のみである。気を養えば、人間あとは行動に移すのみだ。
人間、窮地におちいるのはよい。意外な方角に活路が見出せるからだ。しかし、死地におちいれば、それでおしまいだ。だから、おれは困ったの一言は吐かない。
偉大な芸術は、道徳的要素なしには存在しえない。
普通と言われる人生を送る人間なんて、一人としていやしない。いたらお目にかかりたいものだ。
自分を破壊する一歩手前の負荷が、自分を強くしてくれる。
キャリアではない。私の人生なんだ。