古今東西、いつの時代も、自分が楽しいと思わない仕事からよい結果は生まれない。
オリンピックで絶対勝つという気持ちをずっと持っていたからこそ、オリンピック直前にケガをしてしまったり、調子が悪くなって、最終的にボロボロになってしまったかもしれないなという気持ちを込めて、「ケガをしなければなかったかもしれない」という言葉に乗せました。
トラブルだって、いいきっかけになるんですよ。
「七転び八起き」なんて甘い、甘い。「億転び兆起き」ぐらいのテンションでいこう。せっかく追いかけ始めた夢を、自分の才能やセンスがないことにして、あきらめるのは勝手だが、何か寂しい。「いつか見てろ!」って叫びながら、信じて続けてみな!最後の最後に、一度でも成功すれば、過去のすべての失敗は、「経験」と呼ばれるんだから。
大きな志を持つ者は小さな屈辱に耐えよ、耐えられるはずだ。
ビジョンとは、いつかそうなるという約束です。理想とは、いつか実現するという予言です。
「勝ち組」「負け組」はいいけれど、「待ち組」は問題。
多くの人がいつまでも悪い習慣から脱却できない最大の理由は、それを認めることを拒絶しているからです。
人の生き方を一番よく表すのは、言葉ではありません。それは、その人の選択なのです。わたしたちの選択とは、つまるところ、わたしたちの責任なのです。
美しさの極致は一人の女にだけあるのではない。すべての女にある。彼女たちはそれを知らないが、皆がこの美に到達するのだ。ちょうど果実が熟するように。
かぶりついて仕事せよ。
どんな人でも、不安がきれいに消えるということはないと思うの。成功すればするほど、自信は揺らぐものだと思うこともある。考えてみれば、おそろしいことね。
金銭は何ぴとたるを問わず、その所有者に権力を与える。
女性の本質は献身であるが、その外形は抵抗である。
我、神仏を尊びて、神仏を頼らず。
竹にはフシがある。そのフシがあるからこそ、竹は雪にも負けない強さを持つのだ。
敵と戦う時間は短い。自分との戦いこそが明暗を分ける。
偉大さの代償は、責任である。
最後の審判を待っていてはいけない。それは毎日くだされているのだ。
人間はそれぞれ自分の魂を持っている。それをほかの魂とまぜることはできない。
人は原理主義に取り込まれると、魂の柔らかい部分を失っていきます。そして自分の力で感じ取り、考えることを放棄してしまう。
人間は卑劣漢として生きることができないのみならず、卑劣漢として死ぬこともできない。人間は清らかに死なねばならない。
弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我するんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。
人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう。
ときどき嫉妬をしない結婚生活なんてひどく味気ないわ。でも、嫉妬はステーキにかける塩のようなもの。ほんのちょっと必要なだけ。
我々をとりまく全ての物事は常に変化している。変化の源泉は生きる力にある。それは不変であり、結果を生んではまた創造する。
恵まれた生活も結構だし、恵まれない暮らしも結構、何事も結構という気持が大切だと思います。
愚者(ぐしゃ)と天才の違いといえば、天才には限度があるということだ。
孤独な人間がよく笑う理由を、たぶん私はもっともよく知っている。孤独な人はあまりに深く苦しんだために笑いを発明しなくてはならなかったのだ。
自分が経験したことは理解していると思いこんでいる人がたくさんいる。