後ろを振り返る余裕もなく、時間に追われるまま、ただただ無我夢中で走っていたという感覚です。いまそれを「やれ」と言われても、絶対できないでしょうね。
誰かを好きになるのに1分、誰かを愛するのに1時間かかりますが、誰かを忘れるには一生かかります。
今、君たちがやろうとしていることは小さな戦争。小さな戦争につながる心なんじゃないかな。排除する方も排除される方も決して幸せにならない。
新たな時代は世界が一の意識になり生物と成る方向にある。
頑張る前に頑張るに値するかを問え。
このわしに何を相談しようというのだ!?
テレビもねえ ラジオもねえ マンガもねえ つまんねえ 寝るしかねえ…ってか、冗談じゃねえよまったく!
ターゲットを広くした同業者よりも、狭いターゲットに絞るほうが、より効果的で、より効率の良い戦いができる。
当時、外国ではすでにラジオは実用の段階に入っており、報道・娯楽の機関として不可欠の地位を占めていた。わが国でも愛宕山に放送局(NHK)が開設される運びで、一部の電気器具店や輸入商ではラジオ機械の研究に手を付け始めていた。アメリカ製のラジオは貴重なものだった。事業は常に新しいアイデアで他より一歩先にと新分野を開拓していかなければ、とうてい成功は望めない。私はたまたま買い入れたこの鉱石ラジオセットに異様なまでに関心を寄せた。
思考とは、行動の予行演習に他ならない。
われわれが何かを成し遂げようとしているとき、ルールなどない。
失敗にしても、成功にしても、人間が何かを実現できるかどうかは、当人の習慣によって決まる。
理性的な人間なら、自分が絶対に正しいなどとむやみに信じたりはしないだろう。私たちは常に、自分の意見にある程度の疑いをまじえなければいけない。
人生の初期において最大の危険は、リスクを犯さないことにある。
昔時の名将は、暑日に扇をとらず、寒日に衣をかさねず、雨の日に笠を用いずして、士卒への礼とす。
人間は、健康でありすぎたり、得意すぎたりする時にも警戒を要するのだが、疲れたおりの消極性もまた厳に戒めなければならない。
鉛は鉛、金は金。鉛に金メッキして、俺は金だというような顔をしなさんな。
自分自身に対する誠実さと他人に対する優しさ、すべてはこの二つに包括される。
人に従うことを知らないものは、よき指導者になりえない。
料理や育児や掃除だけじゃなく、人生にはもっと大切なことがある。私は食器を洗って一生を送りたくない。
社会なんてものはない。個人としての男がいて、個人としての女がいて、家族がある。ただそれだけだ。
私たちには今日も明日も困難が待ち受けている。それでも私には夢がある。
暴力は憎しみを増すだけである。憎しみはそのまま残る。暴力に対して暴力を持って報いれば、暴力は増加するだけである。
すべての問題は私たちが成長するための機会である。
機知の切れ味を鈍らせまいと思うなら、あまり機知を鋭くしてはいけない。
ある社会の文明の発達の度合いは、刑務所に入ってみることでわかる。
のどかな春の日を鳴き尽くし、鳴きあかし、また鳴き暮らさなければ気が済まんと見える。その上どこまでも登って行く、いつまでも登って行く。雲雀はきっと雲の中で死ぬに相違ない。登り詰めた揚句は、流れて雲に入って、漂うているうちに形は消えてなくなって、ただ声だけが空の裡に残るのかもしれない。
愛と芸術を求めるには人生は短すぎる。
無限なものは二つあります。宇宙と人間の愚かさ。前者については断言できませんが。
いくらかかるかなんて、どうでもいい。