火山で言えば、マグマが溜まるコアの部分を作っている。コアがしっかりあるから吹き出せる。今までは上辺だけで演技してた感じ。今年はそれを痛感しました。スケートアメリカのフリー、ガタガタの演技を体験して、あれで痛感しなかったら俺は本当にダメな奴ですよ。
僕はまだほんの子供にすぎない。だからすぐに退屈してしまう。でもコンピュータには熱くなれる。
自分にも、人にも、足らないことばかりを見つけて、愚痴や嘆きに変えることが、乱れる心と 眠れない状況を創るのです。
今日出会う人物や景色は人生で二度無いと想うと全てを愛しみたくなる。
目標とは、締切期限付きの夢である。
企業は何よりも「アイデア」であり、アイデアを生むことができるのは個々の人間だけである。
問題の分析によって解決案が一つしか見つからなければ、その解決案は、先入観に理屈をつけたにすぎないものと疑うべきである。
大事なことは、君の頭の中に巣くっている常識という理性を綺麗さっぱり捨てることだ。もっともらしい考えの中に新しい問題の解決の糸口はない。
笑顔は1ドルの元手もいらないが、100万ドルの価値を生み出す。
われわれの一番大きい資源は、子供の心である。
私は神話を作り、神話の中で生きる。
僕は読書が大好きだ。もっと多くの人に本を読むようアドバイスしたい。本の中には、まったく新しい世界が広がっているんだよ。旅行に行く余裕がなくても、本を読めば心の中で旅することができる。本の世界では、何でも見たいものをみて、どこでも行きたいところに行ける。
人間であることにますます心地よさを感じられるようになったんじゃないかな。
愛は行動なのよ。言葉だけではだめなの。言葉だけですんだことなど一度だってなかったわ。私たちには生まれたときから愛する力が備わっている。それでも筋肉と同じで、その力は鍛えなければ衰えていってしまうの…
大衆はモノを書かない批評家である。
哲学は踏み出す一歩一歩ごとに皮を一枚ずつ脱ぎ捨てるのだが、愚かな弟子どもは、その皮の中へもぐり込んでゆく。
孤独を愛さない人間は、自由を愛さない人間にほかならない。なぜなら、孤独でいるときにのみ人間は自由なのだから。
生きることは生涯をかけて学ぶべきことである。そして、おそらくそれ以上に不思議に思われるであろうが、生涯をかけて学ぶべきは死ぬことである。
みだりに人の師となるべからず。みだりに人を師とすべからず。
ようやく戦乱も収まって平和になった。よって維新の精神を貫徹することにするが、それには30年の時期が要る。それを仮に三分割すると、明治元年から10年までの第一期は戦乱が多く創業の時期であった。明治11年から20年までの第二期は内治を整え、民産を興す即ち建設の時期で、私はこの時まで内務の職に尽くしたい。明治21年から30年までの第三期は後進の賢者に譲り、発展を待つ時期だ。
ライバルに差をつけたいのなら、環境を変えてほしい。なんだかんだ言っても一度ぬるま湯に浸かってしまうと、なかなか抜け出せない。だから、「何か物足りない」と思ったら、自分のことを知らない環境に飛び込んで行ってほしいと思う。
落ちたら、またはいあがってくればいいだけのこと。
わたしは、真理のために受難するということほど偉大で美しいことを知らない。
私のねらいは、見たことや感じたことをもっともうまく単純に書くことだ。
交際の奥の手は至誠である。理にかない調和がとれていればひとりでにうまくいく。
絶世の美人は二日目にはそれほど人を驚かさない。彼女の値打ちは誰にでもわかり、装飾品になっているのだから、彼女たちの恋人のリストには馬鹿のほうが多く数えられるに違いない。王族とか百万長者とか。
われわれを恋愛から救うものは、理性よりもむしろ多忙である。
夫婦生活は長い会話である。
人生でもっとも輝かしい時は、いわゆる栄光の時でなく、落胆や絶望の中で人生への挑戦と未来への完遂の展望がわき上がるのを感じたときだ
無能なる者は、時や場所の壁を越えて存在する