公式戦では自分のがんばり次第で当たるところまで行けるので、羽生先生と当たるところまで登りつめないと、と思いますし、憧れからは抜け出さないといけないと思います。
20連勝できたのは実力からすると僥倖(ぎょうこう)としかいいようがない。連勝を意識せず一局一局指していきたい。
2番目に得意なことは何?「それは将棋と詰将棋の次ですか?実は、1位が詰将棋かも知れませんが・・・」と。3番目に得意なことは、「詰将棋を作ることです」が。
本当に苦しかったときがあった。
勝つためには最善に近づくことしかない。
本当に、ここまで連勝できるとは夢にも思わなかったので。本当に運が良かったかなと。
本当に、ここまで連勝できるとは夢にも思わなかったので。本当に運が良かったなと。
派手な手と『地味だけど最善手』の兼ね合いはとても難しいと思います。
僕のことをきっかけに将棋を始めてくださる方がいたとするならば、棋士として嬉しいことだと思います。
もちろん勝ちたい気持ちはあります。でも、勝つためには、いかに最善に近づくことしかないので。
自分の感覚で指していくしかないのですが、その感覚というのも正確にしなければいけないと思います。
詰将棋のようなカッコイイ手が最善だったらいいですけど、実は悪手だったということもあるので、まずは最善手を。
5歳の夏に将棋を始めて、冬には地元の子供教室で1手詰、3手詰を普通に解く感じになって…。意識的に取り組んできたことではないんです。好きだから自然に続けてきました。
現状の自分の将棋に満足しているわけではない。一喜一憂せず頑張っていきたい。
苦しくしてしまった将棋もありますけど、乗り越えてこられたのは自信になりました。
もともとトランプなどでも勝つまでやるタイプだったので、勝つことがうれしくて。将棋に対する思いはずっと変わらないです。ずっと好きで自然にやってきた感じです。将棋を指したくないとか、駒に触れたくないとか思ったことは一度もないです。
将棋にはものすごく強くなる余地があると思っていますので、自分の頑張り次第かと思います。
将棋に巡り合えたのは運命だったのかなとは思いますし、強くなることが使命…、使命までいくかわからないですけど、自分のすべきことだと思います。
名人もプロになったからには目指すべきものですし、強くならないと見えない景色があると思いますので、そこに立てるようにがんばりたいです。
将棋の実力のピークは20代前半にくると思っています。
やはり実力失くして、結果を求めることはできないので。
負けたことが許せないというより、自分の弱さを痛感させられる。
20歳までに結果を残したいという思いはあります。
終盤になってくると勝ちたい気持ちは強まってくるので、どんどん前傾姿勢になってしまうことはあります。
コンピュータの方が強くなったとき、棋士の存在意義が問われてくると感じます。
詰将棋も好きで続けてきただけなんです。答えはひとつですから解けるとうれしいですし、手順には芸術的な美しさがあります。
将棋に巡り合えたのは、運命だったと思いますし、将棋を突き詰めていくこと、強くなることが使命。
将棋ソフトが教えてくれたことのひとつとして、将棋はもっと自由で、いろいろな手があるっていうこと。
将棋をさす限り勝敗はついてまわるので、一喜一憂してもしょうがない。
どうして5分で分かることを45分もかけて教えるんだろう。授業がつまらない
自分はただ将棋を指してきただけなので、大きく採り上げていただけることはうれしい反面、照れくさいというか気恥ずかしい気持ちもあります。
せっかく神様がいるのなら1局、お手合わせをお願いしたい。
名人もプロになったからには目指すべきものですし、強くならないと見えない景色があると思いますので、そこに立てるように頑張りたいです。
将棋に対する思いはずっと変わらないです。ずっと好きで自然にやってきた感じです。将棋を指したくないとか、駒に触れたくないとか、思ったことはないです。